現地レポート
紺野 正典さん
| 第13回 科目を落として学んだこと・・・ 悔しかったあの思いを胸にA先生のもとで /8月25日 |
“教育は、手を抜こうと思えばいくらでも手を抜けるという点で、楽とも言える。”
これは、私が教師として思っていることです。生徒に対して厳しくしていくということは、それだけ責任も伴いますし、自分にも厳しくしていかねばなりません。ですが、楽をしようと思えば、楽も出来ます。人間なんて所詮弱い生き物です。楽な道があれば、楽な方へと流れていく、それも人間ではないでしょうか。
私がノッテンガムトレント大学院を選んだ理由は、私が来日していた A 先生と面接を受けた時、とても好印象を受けたからです。そして、この先生のもとで学んでみたいと強く思えたからです。今でもこの大学院で正解だったと思っています。
大学院が始まってからです。大学院が始まってみると、この A 先生の授業は、とても練られていて、うなることが多かったのですが、求められることも多く、先生の厳しさは、誰もがすぐに気がつきました。
私は、 A 先生のもとで学びたいと思って渡英したのに、 A 先生の‘教材開発 Material Development 'というエッセイ(小論文)と教材作成では、かなり時間をかけて作ったにもかかわらず、恥ずかしながら私は落としてしまったのです。落とした時は、それはショックで悔しくて、あんなに一生懸命にやったのになぜ・・・ と思いました。
科目を落として学んだこと
再度、書き直すことが許されているので、私はある程度先生からいただいたアドバイスをもとにまた本を読み、かなり勉強してから先生とアポイントを取ってディスカッションしに先生のもとへ行きました。私がどう直していっていいのかわからない箇所を先生に聞きましたが、この時先生は私のために1時間半も費やして教えてくださいました。私が、日本の大学で学んだ時は、こんな経験はありませんでした。
それからです。
先生のアドバイスのもとで私が再度、イギリスで使われているコースブックなどを参考にして勉強し、本を参考に教材を作り直していったら、今まで気がつかなかったことにたくさん気がつき出したのです。いかに最初に提出したエッセイと教材が不出来だったのかを思い知ったのです。
落とした時は、かなりの絶望感を味わいましたが、途中からは、自分が教材を作っていることが楽しく思えてきました。いかにして日本の中学生にあった教材を作れるかを自分で考え、つまずいては先生に聞いて・・・
再度、提出した時には、気がつくと私が最初に提出した時の作品を8割削り、新しく発見したことを書き加えました。この教材開発だけで私は3週間かけましたので、かなり学べたと思っています。
そして・・・ 新しく作った教材を先生に評価してもらった時、先生からかなりお褒めの言葉をいただきました。それが、とてもすがすがしく、やはり努力したかいがあったと、うれしく思ったのを今でも覚えています。
私はこの時思いました。‘ A 先生は、本当に厳しい。でも、楽をしようと思えば、私を1回目で合格させることも出来る'と。私は残念ながら落としてしまいましたが、1回目でパスしていたら、きっとこんなには勉強しなかったでしょうし、学べなかったでしょう。私に、あれだけつきあって教えてくれたことに、私は A 先生に心から感謝しています。
また、他の先生方もこのような方が多いので、この大学院にして良かったと思っています。
| 第12回 大学院でやっていけるだけの英語力をつけよう 不安について /8月11日 |
私が初めてイギリスに来た昨年の7月、大学院に進むためには10週間のEnglish Academic Preparation Course(大学院準備コース)の
授業をただ受ければ自動的に大学院へ進めるものと思っていました。
ところが、いざ始まってみると大学院でもやっているだけの力をつけるために毎日毎日これでもかって宿題が出てかなり苦労しました。
日本人には馴染みのない小論文(エッセイ)の書き方を中心に学びます。私はなんとかこの準備コースに合格して進学できましたが、
進学できるかの結果を聞く時は、本当にどきどきしました。
そして10月、大学院が始まりました。でも昨年の10月、11月は本当に地獄でした。EAPの時に、
先生がよく大学院の授業が始まったら英語は10倍速くなる、と言っていたのですが、その通りでした。今まで準備コースの時は留学生だけだったので、
聞き取れなかった時やもっと深く知りたい時は先生に質問出来たのですが、イギリス人が加わったので英語自体があまりに早く(授業進度も)
ついていけない日々が続きました。
その時私がずっと思っていたことがあります。「私がこのクラスで一番出来ないのではないか・・・」 授業には行きたくない時もあったり、
毎日精神的につらくてつらくて・・・ 不安の日々でした。
そんな時、私より英語が出来たEAP時代の友人に会いました。話しをしたら、彼女はTOEFLで250点も取れるほどの力の持ち主なのに、
私と同じように彼女も自分が一番出来ないと思っていたのです。そして、彼女はいつも元気いっぱいだったのに、精神的に参ってしまって、
あの彼女でさえ笑顔を失っていたのです。
そんな彼女と話してから思いました。あの彼女でもこんなに悩んでいるんだと・・・
そんな状況が私はその後もずっと続きましたが、なんとか今はまた自信をもった自分に戻っています。
ではどうやって克服したのかと申しますと、ただひたすら勉強しました。勉強するしか道はないのです。
先生は、1週間に40時間は勉強しなさいと言います。私は、最低50時間は頑張ろうとずっと今まで頑張ってきました。
そして、徐々に自信をつけていきました。大学院進学に際して、昨年9月に学費納入をしに大学の事務に直接納めに行った時は自分に問いかけました。
“おれは、ここで本当にやっていけるのか・・・ 授業料を本当に納めていいのか・・・” 事務の方と話している時、言葉が震えていました。
あれから考えると今は力がついたなー、と思っています。でも、困難を克服し不安を取り除けるのは自分しかいないのです。
そう思い、ただひたすらがむしゃらに頑張ったあの努力なしに今の自分はないと思っています。
| 第11回 のどかなノッテンガム 自然と公園と・・・ /7月28日 |
東京生まれ東京育ちの私が初めてノッテンガムに来たとき、あちこちに公園があることにとても驚きました。
公園と一口に言っても日本のようにブランコがあるでもなく何もない、自然のままなのがイギリス流。でも、ここの公園はとにかく大きい。
さらに市内から離れると、ゴルフの打ちっ放しまで出来る公園もあります。
昨年、私は学生寮に住んでいました。そこから近い植物園の入口には、Arboretum Park と書かれていました。
ある日、そこで休憩していた時に、ふと“Arboretum”ってどんな意味なんだろう?もしかして、意味があるのかな?と思って辞書を調べたところ、
なんとリーダーズプラスには、はっきりと「植物公園《イングランドNottingham 北部にある公園: 花壇の美しさと鳥類飼育場で知られている》」
と知って驚きました。ここは、新宿御苑の小型版と言えましょうか。緑がたくさんあるのは、いいなーと思います。
とはいったものの、勉強の方が忙しくてエッセイが書けないと、公園に行ってくつろぐ、そんな余裕もまったくありませんが・・・
我が家の家族に、
「ねえ、この辺には店がほとんど何もないけど、コピーしたくなったらどこに行くの?」と聞くと、「コピーセンターだよ。」
「それってどこにあるの?」
「知らないのか、あの市内にあるあそこだよ・・・」
知っていましたが、まさか我が家から自転車で20分の市内まで行かないとコピーも出来ないのかと思うと、なんとここは不便な場所なんだ、
と嘆いていた時もありました。特に昨年の10月、11月には特に私自身が授業についていけなくて、不安でかつ憂鬱であったためか、
東京への一時帰国できる12月が待ち遠しくてなりませんでした。
しかし、私はこの街への見方がかなり変わりました。先日ロンドンに行った時に、
私は改めてノッティンガムの自然の多さと空気のきれいさを実感しました。この街には、たくさん自然があります。
私の家は庭があって、暖かくなった今はたまに本を読んだり、ゴルフの素振りをしています。これが何とリラックスできることか・・・
なんという贅沢なんだと思っています。こんな家だったら東京では、きっと3億以上はするだろうと思います。
我が家の家族は、毎週末にはどこかの公園へ小さな子どもを連れていって遊ばせています。子どもを育てるのには、
こういった場所の方がすくすく育つような気がします
また、私が行くゴルフ場はなんと15ポンドでまわれます。日本では信じられないですよね。でも問題が・・・
いつも課題だらけでそんな余裕はほとんどないのが実情なのです。やはりMAは厳しい!!
| 第10回 のどかなノッテンガム 自然と公園と・・・ /7月14日 |
I cannot live without what?
日本にいる時には当たり前と思っていても、なくなってみて大事だと気付くことってたくさんあります。私の場合は、味噌汁とふっくらしたご飯でした。
後期の授業が終わって、卒業論文ステージに入りました。先日のことです。用事があってロンドンに出掛け、その帰りに味噌を売っている店へ行きました。
ここノッテンガムにもアジアの食材を扱った店はあるのですが、パックの味噌だけは売ってないのです。
味噌だけを買おうとしたら、その店にはたくさんイギリス人がいることに気がつきました。
数人並んでいたので私は前にいたイギリス人に話しかけてみると、日本食は最高だよ、って言っていました。
味噌だけを買おうとしていたのですが、私の目にとまったのはサーモン巻き寿司でした。
小さいのが8本入って約3ポンド・・・ 高い・・・ でも・・・ あまりにおいしそうで私はやはり買ってしまいました。バスの中で食べたのですが、
これがなんとおいしいことか・・・ たまらない・・・ 本当に感動です。
世界に悪名高きイギリス料理。実際はどうなのでしょうか。
私も渡英前は、食事がとても気になっていました。初めは学生寮にいたので自炊をしましたが、パン食に慣れてないのと、
あまりに口に合わないので食べても食べてもおなかがへってしまい、図書館で床に座って調べものをしていた時、
もう体力の限界でそのままそこに寝てしまったこともありました。
“うーん、なんだか2キロぐらいやせている感じがする・・・”そう思っていたのですが、渡英から3週間後に体重計に初めてのったところ、
なんと5キロやせていました。参った・・・
そこで昨年10月から私はホームステイに切り替えました。食事を作ってもらえるし、これできっとやせないだろう、と思っていたのですが・・・
我が家の夜食はこれしか食べないの?という程の料理が多いです。15歳の彼はよくこれでおなかがへらないよな、と最初私は感心していましたが、
やはり夕食後のお菓子でまかなっているようです。うーん、これは体には良くない・・・
私はイギリス料理を食べて、なるべく我が家に合わせていましたが、やはり味噌とおいしいご飯なしには体重がどんどんへっていくことに気がつき(合計7キロ減)、
炊飯器をとうとう購入しました。その後は、体重はなんとか減らなくなりました。
ホームステイしてみて思うのは、イギリス料理は日本料理と比べて本当に時間をかけません。そのまま冷凍食品をどばっと入れてかき混ぜて終わりとか、
レンジに入れてチンして終わりとか、ポテトをそのままどさっと出て終わりとか・・・
何より私の家にある包丁が物語っているように思います。100円ショップでも売ってないようなあのペラペラの包丁。
街にあるチエーン店の日本食レストランがあります。一度行ったら日本人は二度とそこには行きませんが、そこはいつもイギリス人でごったがえしていて、
みな箸を上手に使っています。なんだかかわいそうで・・・
日本人の奥さんをもつ私のクラスメイトのイギリス人が私に言いました。
“Nori, you should educate British!” これには笑いました。
‘あれ?何だ あの旗は?’
自動車にかかっていた十字の旗を見て、最初はどこか地元のスポーツチームの旗だろうか、と思っていましたが、しばらくしてそれが‘イングランド’
の国旗だと知りました。イギリスというと‘ユニオンジャック’が国旗だと思ってしまいますが、正式には、イングランド、スコットランド、ウエールズ、
北アイルランドから成り立つ連合国家です。
そのため、初めはこの十字の旗がどこの旗だかわかりませんでしたが、しばらくしてワールドカップが近づいてくると、
15代に1台ぐらいの割合で自動車に旗がかかるようになりました。
いよいよワールドカップが始まりました。イギリスの初戦は、パラグアイ。エッセイ締切が近く、
かなり忙しかったのですが、おもしろそうだと思い私はパブに足を運びました。試合は現地時刻の2時からだったのですが、
2時に着いた時にはすごい人だかりで、ふだんこの時間にはほとんど客はいないこのパブは、イギリス人でごったがえしていました。
始まって間もなく、初ゴール!ゴールが決まると歓声の嵐!いやー、すごいこの熱気!
冬季オリンピックの時には、なんでこんなにこの国は盛り上がってないのか、と思っていましたが、このサッカーの盛り上がりは国民気質を表しているように思います。
みんな、自国をとても誇りにしていて、イギリスが一番だと思っているようです。私の家でも、かなり熱が入っています。国旗は家にもかなりかかっています。
街を歩いてみると、あちこちでイングランド代表が着るユニフォームを着ている人にたくさん会います。またワールドカップが始まってからは、
ますます子どもたちが広場などでサッカーをして楽しんでいます。もちろん子どもながらイングランド代表のユニフォームを着ています。
そんな風景を見ながら自転車で家路を辿っていると、なんだか私の幼少時代を思い出しました。プロ野球選手にあこがれて、よく野球をしたものです。
‘私はいつも夢を追ってきたなー’幼少時代を振り返って、そう思っていました。私にとってここイギリスでの生活は大きな夢でしたので、
今は勉強面でいかに大変でも幸せに思っています。
こんな和やかな風景を見て、さらに勉強へ熱が入ってきました。さて、エッセイのしめ切りが近い。頑張らなければ・・・
私が、中学校英語コンクールの審査員をしていた時のことだった。劇で白熱した演技を見せる中学生の英語がぜんぜんわからなかったのだ。そのため、私は隣に座っていた外国人講師に、わかりますか?と聞いた。だが、彼女もまったくわからないと言うのだった。コミュニケーション、使える英語と言うが、英語の基本とは何だろうか。
「日本語に頼りすぎる授業はほどほどにすべきである。教科書の英文をすべて翻訳する時間があるのなら、英文を声に出して何回も何回も繰り返し読むことを筆者は勧めたい。できれば、その際、教科書準拠のテープも聞くともっとよい。筆者は、英文を音読することが英語学習の基本のような気がしている。」 英語の授業実践:大修館書店 1997:129白畑 知彦
私は、英語学習の基本は“音読”であると思っている。きちんと英語らしく教科書を読めることなしに、自信持って英語を操ることなどできやしない、と思うからだ。
ここイギリスで私は第二言語習得をテーマに研究しているが、私の今までの経験でもやはり“発音(ストレス、イントネーションを含む)”の重要性はかなりのウエイトを占める。通じればいいじゃないか、という声もあるが、私がここで暮らしていて正しく発音しなかったために通じなかった思いは、おそらく留学生なら誰でもしていると思う。
また留学生だけでなく、イギリス人でもそれぞれ独特のアクセントがある英語を話すので、リスニングだけでもかなり大変な思いを私はこれまでにしてきた。そんな私の体験からもやはり英語の基礎基本は、“発音”であると私は思っている。

後期に私は“発音”という授業をとって、いかに発音が大事かをさらに知った。結局、きちんとした発音が出来るということは、その単語を言われた時にも聞き取れる、つまり、いい発音が出来るということは、リスニングも向上する。
残念ながら、今の日本の英語教育では発音についてはほとんど習ってないのが実情だ。発音を教えられる先生、教わったことのある学習者はほとんどいないだろう。
「大学教員である私の本音は、文法用語なんて知らなくてもいいから、とにかくまともに音読できるようになっている生徒を送ってください。」
(英語情報誌、英検STEP 31ページ2005 9/10月号)
というこの文が物語っているように思えてならない。
私の旅のスタイル
私の趣味の1つは“旅”です。旅行ではありません。今までバックパックを背負って旅した国は、アフリカ27カ国を中心として85カ国。なんと言ってもアフリカが大好きです。それは私の旅の目的が、現地の人の生活を肌身で感じ、ホームステイさせてもらい、子どもの笑顔の写真を撮ることだからです。今まで撮ってきた写真の枚数は合わせて約35000枚。2年前、私の勤務する学校で写真展も開きました。
日本で教えている時は、休み明けの最初の授業では、写真を使って外国のことを子どもたちに英語で話します。中学校に入学してきた時は、欧米のことしか知らない子どもたちですが、彼らが知らないような国ばかりを旅していくうちに子どもたちも私の旅に興味を持ち初め、いろいろな見方が出来るようになってきます。
前期は、正直言ってまったく余裕がありませんでしたが、イースター休みを使って初めて長旅に出ました。渡英前は、ヨーロッパを3カ国しかまわってなかったので、今回は旧ユーゴスラビアの国を中心にまわってきました。今回撮ってきた写真は7124枚です。
ボスニア・フェルツェゴビナにて
 
ボスニア・フェルツェゴビナのとある街で民宿の家を探していたときのことでした。旅行者が珍しいのか子どもが、しげしげと私の方を見ているので、英語で話しかけてみました。すると、その子どもたちはその家を知っているので案内してあげると言うのでついていきました。その間、いろいろと英語学習について話したのですが、この2人は学校で英語を習っていて週に3回、英語を習い始めてなんと2年。なのに、私が聞く簡単な質問にはきちんとした英語で答えられました。
英語は難しくないの?
この旅で私は、習うチャンスがあればキリル文字を含め言葉を現地の人に習いました。そして、必ずした質問が“英語は難しいですか?”。私が出会った誰もが、答えました。“English is easy!”少し現地の人から言葉を習っただけで、その言語が英語に比べて、さらに複雑なことがよくわかります。なので、先述の2人もかなり英語が堪能だったのでしょうが、やはり2年でこれだけ話せるのには正直驚きます。中学2年生では、これだけ話せる生徒はそうはいないだろうな、と思って旅しました。
その後、小さな食堂で親切な家族に会いました。今までの内戦のことを聞けました。1人娘のアゼナちゃん(英語学習歴3年)は、英語で戦禍について語ってくれました。そんな話に耳を傾けていて、日本はなんて恵まれているのだろうかと感じました。でも、彼女の口からは10歳とは思えないほど、政治経済に通じていて10歳の子どもでこんなに考えているのかと感心しました。
| 第6回 私のクラスメイトと勉強グループ そして無国籍パーティ・・・/5月12日 |
私のクラスには留学生が5人います。イギリス人はみな語学学校の先生か、大学の講師をしているのでみな忙しく、
なかなかクラス以外ではつき合えることはありませんでした。
毎回、授業も難しいので、お互い情報を共有した方が得策だろうと思い、留学生だけで勉強グループを結成しました。
大学図書館前にある1.2ポンドでおかわりフリーコーヒーのある喫茶店に、授業のない金曜日に集まって、最初は息抜きに情報交換したり大学でのことなどを話していました。
エッセイやプレゼンテーションのために、真剣にディスカッションもします。教室では気軽に話せないことでも、
ここだとお互い自分の論を主張しこれだけでも相当な勉強になります。ディスカッションに火がつくと、まさに真剣そのもので、
授業の再生以上になることもあります。やはり、授業の内容が難しいので、余計に結束も堅いのだと思っています。お互いの合い言葉は“Let’s survive together!”
にしています。
ある日、イギリス人のクラスメイトが教えに私たちの勉強グループに来てくれました。そこからさらに広がってまた1人イギリス人も加わり7人になりました。
イギリス人の2人は、ありがたいことに英語だけでなく私たちにイギリスのことについて何でも情報を提供してくれます。またイギリス人から見た意見も言ってくれるので、
とても助かっています。
そんな私たちの楽しみは、各自の家で行うパーティです。イギリス人の彼は、日本に5年間住んでいて日本人の奥さんがいます。
なんとそのイギリス人に、おでんパーティをしようと言われ、みんなでおでんをつまみました。奥さんは日本にいるので彼がおでんを作りましたが、
これがまあおいしい・・・ まさかイギリス人におでんを作ってもらう地は思ってもみませんでした。イギリス人には、見慣れないこのおでん。
でもかなり他のメンバーにもおでんは好評でした。
他には、餃子を作ろうと今度は台湾人の家に集まって餃子パーティ。私は、鍋パーティを主催。勉強面で忙しくほとんどパブには行けませんが、こうした交流も留学の楽しさです。
| 第5回 男の友情! 韓国人のクラスメイト、チャン・・・ /4月24日 |
私のクラスはイギリス人が多く、日本人は私だけです。同じ教員という立場の学生がもう1人クラスにいます。
韓国人のチャンです。彼は今まで人生をほとんどすべてどこでもNo1で通ってきた強者です。教授を目指しています。留学生で最初からイギリス人とディスカッション
しあえたのは彼だけでした。また学部生時代に、彼は世界ディスカッション大会に韓国代表として来日もしています。
ある日のことでした。今まで3週間かかって書き上げたエッセイのフィードバックをもらいました。締切日2週間前までなら
教授がフィードバックしてくれます。あと少しで最終締切日が迫っていたため、私はけっこう焦っていました。さて・・・
フィードバックをもらって教授からのコメントを見て驚きました。“ほとんどなっていません、もう一度再考を。”ほどの最悪のコメントでした。
これが大学院最初のエッセイでした。目の前が真っ暗になり、どうしょう・・・ と焦りだけが強くなりました。これまでずっと3週間かけて書いたし、
私なりに出来たと思っていただけに大ショック。
そこへ、チャンが私の前に現れました。私が落ち込んでいるのを察し気遣ってくれ、彼は「エッセイを見せてみろよ」と、
私の書いたエッセイを読んで、コメントをくれました。
私には気づかなかった落ち度があることが自分でもわかりました。でも・・・ 悔しい。
そこで私は彼についこぼしてしまいました。
「チャン、実は今日1人で映画を見に行こうと思っていたんだよね。というのは、今までずっとほとんど休憩しないで頑張ってきて、
精神的にもかなり自分を追い込んでいるので、1日ぐらいいいだろう休んでも・・・ って思っていたんだ。でもやはり無理だよ、こんな成績では・・・」
私がそう言うと、チャンはどこかへ行ってしまいました。私は1人でただぼーっとしていましたが、落ち着きません。
3分ほどして帰ってきたチャンは私に言いました。
「今日一緒に行こう、ハリーポッター!」
「だって今日は友達と会う約束があるんだろう・・・」
「ないよ、もう大丈夫だから。」
この一言で彼はさっき、友人との約束をキャンセルしたのだと悟りました。
男同士で一緒に見たハリーポッター。だけど、その裏にはチャンは友人の約束まで破棄してくれていました。私は何も言わなかったけど、本当に彼には感謝しています。男の友情です。
| 第4回 誰もが超えないとならない難関 そして イギリスの大学院で求められる勉強時間は・・・ /4月7日 |
前期のことでした。10月から始まった大学院では、勉強の内容も難しいのですが、何より英語自体が大学院準備コースの時とは違って、
イギリス人が加わったため、10倍ぐらい英語が早く話されているように思えました。そのため、わからないことも多く、
ディスカッション中は、かなり入念に準備していても、質問すらできませんでした。それに、読んで来なさいと言われる分量も桁違いです。
そんなある日、クラスメイトの台湾人の女性が先生に向かって言いました。
「授業も難しいけど、分量も多いし、何より大学院準備コースの時には、1つの課題が終わってから、次はプレゼンテーションとかエッセイとかになっていたのに
今はみな同時に進行しないとならないのでつらい。」
彼女よく言うよな、と私は正直言って思いました。
すると先生は言いました。
「この大学院のコース自体は卒業するだけでも本当に大変なことなのよ。だから1つのモジュールにつき週に10時間は勉強してもらわないと・・・」
「ってことは5つあるから5×10時間で週に50時間・・・」 彼女がそう聞くと、そこへイギリス人のルイスも加わって言いました。
「このコースは、おれらイギリス人だって大変なんだよ。」と。
まさかルイスからそんな言葉が出るとは思ってもみなかったので、私はかなり驚きました。
私だけが悩んでいるのかと思いましたが、留学生はみな悩んでスランプに陥っていました。準備コース時代にかなり英語が出来た私の友人でさえ半分もわからない、
国に帰りたいと、言うのを聞いて“私だけではないんだ。”と思いました。今でもすべてわかるわけではありませんが、この時期は誰もが超えないとならない難関で、
自分で切り開くしか道はありません。
自信をつけるために私は週に50時間は勉強しました。かなり焦りもしました。でもそんなある日に、 “焦っては負け”という言葉に出会い、
かなり精神的に楽になりました。
勉強してだんだん自信がついてくると、自分がさらに積極的に頑張れるようになっていることに気付きました。つらさを乗り越えた時の楽しさです。やはり勉強ほど楽しいことはない、
私はそう思って毎日を大切に過ごしています。日本の試験のように試験前だけ勉強して、あとはさっと忘れてしまうというのではなく、イギリスの場合、第1回目の授業でエッセイの内容を言い渡され学期末に提出します。
そのため、試験よりはエッセイの方が公平だと私は感じています。もちろんエッセイの方が数倍勉強しないとなりませんが。
| 第3回 厳しいエッセイライティングの実際 試験がないけど・・・ /3月24日 |
イギリスの大学院の特徴は、なんと言っても試験がないことでしょうか。試験がないかわりに、“エッセイ”というのを書きます。
このエッセイとは、日本語で言うと“小論文”にあたります。
日本でエッセイライティングをまったく知らなかった私は、実に苦労しました。大学院準備コースに10週間も在籍し、
イギリスに慣れ大学院に通うのに十分な力をつけようと思っていましたが、正直言って渡英前は、10週間は長いのでは、
と自分では思っていました。ですが、実際は10週間でも足りないと思ったほどです。
エッセイとは、与えられた課題に対して紙面でディスカッションをしていくことです。ですから、授業でクラスメイトとディスカッションした
ことがそのまま生きてきます。私はイギリス人の話す速い英語に慣れるのにかなり時間がかかったので、前期は特に苦労しました。
エッセイでは、例えて言いますと2×5は10ですが、見方を変えると実は2×5
は13にも8にもなりえて、どうしてそうなるのかを批判的に書いた方が(クリティ
カル・スィンキング)読み応えのあるエッセイになります。エッセイは答えはないの
で、様々な角度から見られることが大事です。そのためには、授業で学んだことの他
にかなりの参考文献を読まないとなりません。
参考文献を使って自分の論をサポートしていくのです。このサポートするための参考文献を探し、
自分のエッセイをさらに力強くするためにふさわしいと思える文章を探すのにも最初は出来ませんでした。
簡単そうに思えることでも、やってみるとかなり難しく、前期中はかなり時間がかかりました。
私は、2000字のエッセイを組み立てる(ストラクチャー)のに、10日は資料収集に充てます。そのため1本のエッセイを書くのに
3週間ほど費やします。イギリス人でさえ、これぐらいはかかっていると言います。ですから、今は5コマしか授業がありませんが、
それでも授業についていくだけでも大変な状況です。加えて前期末には合計7本のエッセイを提出しました。
日本の試験のように試験前だけ勉強して、あとはさっと忘れてしまうというのではなく、イギリスの場合、第1回目の授業でエッセイの内容を言い渡され学期末に提出します。そのため、試験よりはエッセイの方が公平だと私は感じています。もちろんエッセイの方が数倍勉強しないとなりませんが。
| 第2回 ELT English Language Teaching コースについて /2月28日 |
私の在学する ELT English Language Teaching コースでは、英語をどのようにしたら効率よく教えられるか、その理論を主に学びます。3年以上の英語教授経験があるクラスを ELT コース、3年未満の学生を対象にしたコースを PLT コースと呼びクラスを分けて学びます(1時間だけ一緒に授業を受けます)。
ELT の主要科目としては、第 2 言語習得、コースとシラバス計画、語学テストと評価、授業研究と研究方法、語学教育方法論で、 PLT の主要科目としては、語学学習と評価、 ELT の実践を観察する、英語で英語を教える、コース教材の評価と開発、授業研究と研究方法、使用されている言語、語学教育方法論が必須科目になっています。
ELT と PLT コースでは、同じ内容を学ぶにもクラスを2つに分けて、 ELT コースの方が実践をさらに深めるように、また PLT コースの方が懇切丁寧に細かく英語教授の基礎、基本を指導してくれるのが特徴です。
ELT( 15人 ) と PLT( 15人 ) を合わせますと30人ほどになりますが、授業はいたって少人数です。特に、選択授業となると前期は5人とか6人しかいませんでした。授業スタイルは日本と違い、教授がタスクを学生に与え、その課題に対してディスカッションしていきます。
私の在籍しております ELT コースでは、約8割がイギリス人でみな大学生以上の学生に英語を教えており、いずれは教授になりたいと考えている学生が多い ( イギリス人以外にもこのような学生はいます ) ので、ディスカッションの内容はかなりのレベルです。そのため、毎回授業で与えられる次回への宿題で自分の意見を言えるようにし、さらにそこからまた意見を発展させていくのでかなりの英語力も必要になってきます。少人数ゆえ、写真のように教授もいっしょになってディスカッションを進めます。授業では、ディスカッションしやすいように机は“コ”の字か“ロ”の字の形に並べられています。 そのため、教授は毎回ハンドアウトを用意してくれますが、すべて終わらないことも多々あります。毎回宿題はかなりの量で、これをこなしていくだけでも最初はかなり時間を要しました。速く読める訓練がかなり必用になると思います。日本と違って、授業は週に5コマしかありません。そのわけは・・・次回第 3 回目に続きます。
| 第1回 ノッテンガム・トレント大学の紹介 /2月13日 |
ノッティンガム・トレント大学は、ロンドンから北へインターシティで約1時
間半、ノッティンガム市のまさに中心に位置しています。現在は25,000人以上の学生
を擁する国内4番目の大規模校で、市の中心部に拠点(City Campus)をもつ他、6km
ほど離れた場所に、広大なClifton CampusとBrackenhurstの2つのキャンパスを持ち
ます。
大学前の通りには、トラム(路面電車)が走り、駅前にキャンパスがあるため絶好の
ロケーションと言えます。また市内には、彩り鮮やかな2つの巨大なショッピングセ
ンターがヴィクトリア朝の古風な街並みに見事に溶け込んでいて、とても魅力的な街
です。
私は、大学院を選ぶ際に“教授陣の質の高さ”を重視しました。日本でダイアン先生
と面接した際に “この先生のもとで習いたい。” そう強く思ったので、私はこの
大学を選びましたが、今はこの大学を選んで本当に良かったと思っています。
と言いますのは、昨年10月から始まった大学院のコースでは、それ以前の準備コー
スとは違ってかなり高度なことが要求されます。私が昨年、何度となくエッセイライ
ティングで困っていた時に、コースマネージャーのケィティ先生がとても優しく1時
間以上私の相談にのってくれたので、お礼の文を書くと先生から以下のようなメール
をもらいました。
We are very happy to spend time talking to our students, so please don't be afraid to make an appointment if there is something you want to discuss.
日本の大学時代は、教授には相談することなど考えられなかったので、正直驚きまし
た。他の先生も相談したいことがあれば気軽に話してくれるのがこの大学の良いとこ
ろでもあります。ケィティ先生からのこのメールで、私は改めてこの大学の良さを認
識しました。
というわけで、大学の紹介&感想から始まりましたノッティンガム・トレント大学現地レポート、8月まで続きます。どうぞお楽しみに!
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